昨日までの話はこちら…
彼は訝しげな顔をしながらこちらに近付いてきた。
「お前もそうなんか?」
まるで不審者でも見てるかのような目で私の顔をまじまじ見ながら聞いてくる。
「そうって、死んだってこと?」
私は興味本位で死んでここに来たことを伝えた。
「え、アホみたいな理由やな。俺は事故やってんけど、まだまだやりたいことがいっぱいあったし、とりあえず高校は卒業したかったから学校来てるねん」
彼も亡くなっていたのか。この語り口から、どうやら全員にスルーされているこの学校生活にも慣れている様子である。同じ死者として心強い仲間がいたぞ。
「そうや、4階の教室で、自分が生きてたらこの先こういう人生を歩むことになるって教えてもらえるねんけど、昨日死んだとこやったらまだ行ってないやんな?興味あるんやったら案内するで」
彼はやっと自分と話せる相手が現れて嬉しかったのか、なかなか饒舌に話してくる。まだ始業まで時間があったので、案内してもらうことにした。
廊下を歩きながら、私はふとあることが気になった。
「そうや!まだ生きてるときにYoutubeで見てた動画、途中までしか見れてないねん。続き気になるわ」
と言いながら自分のスマホをみると、閲覧履歴はおろか、全てのアプリが消えていた。
「えー!最悪や!リュウジのポテトサラダのレシピ(寝る前に本当に見てた動画の記憶が夢の中に反映されてる)途中までしか見れてないのに!」
「当たり前やん。もう俺らは前の世界の人間ちゃうねんから。こっちはこっちで面白い動画上げてる配信者おるし、気持ち切り替えていき」
彼は冷静に諭してくる。あの世にも配信者がいるんだな。廃墟を荒らす現世の迷惑TikTokerの枕元に立ってみた!とかやってるんだろうか。
4階の教室に着いた。カーテンが閉められて薄暗い部屋の中にはプロジェクターが置かれてあり、視聴覚室のようになっていた。
教室の真ん中に置かれた椅子に座ると、彼はプロジェクターを操作しだした。そして私のほうを向いて話し始めた。
「今から見てもらうのは、あのとき死なんと生きとったら、将来家族になる君の子供の映像や。ほんまに見るか?」
精神的にヘビーなものを見せようとしてくるなと思ったが、夢の中の私は好奇心の塊なので躊躇なく見ることを選んだ。
するとプロジェクターに今の息子の画像や映像が映しだされた。これも寝る前に息子の写真を整理してたからだと思われるが、それを見た瞬間に
「私やっぱりまだ死にたくない。まだまだ生きてこの子と一緒に過ごしたい」
と思い、そのまま口にしていた。あんだけ興味本位で簡単に死んだくせに。
「そう言うと思ったわ。もう帰りや」
と彼が言ったところで、夢の記憶は終わった。
病気や事故などで臨死体験をした人が、気が付けば河原のような場所にいて、川を渡ろうすると向こう岸にいた人に「こっちにくるな!戻りなさい!」と言われて川を渡るのを諦めると、意識が戻って死なずに済んだという「三途の川」的な話を聞いたことがある。
他にも意識を失った際に、目覚めると見たことない異世界のような場所にいて、知らないおじさんに「君は何でこんなところにいるんだ!?早く帰りなさい!」と怒られて、そのおじさんについて行くと現世に戻れて助かったと言う「時空のおっさん」という話もネットで読んだこともある。
昨日見た夢はこの類のパターンだが、私はずっと元気だし生死を彷徨っていたわけではない。
けど、もしかしたら現世とあの世って実は表裏一体で、たとえ健康であろうがふとした拍子に、向こうの世界へ踏み入れてしまう瞬間があるのかもしれない。
スーパーファミコンのマリオUSAで、マリオがあるアイテムを取ったときに数秒間だけ、今いる世界が全て左右反転した誰もいない場所に飛ばされるような感じで。(伝わるのか?)
息子の写真を見せられたときに、特に何も感じず「ふーん。別にこのまま死んでてもいいや」なんて言ってたら、私はどうなってたんだろう。ちゃんと現世で今日を迎えられていたんだろうか。
あの男の子は、私が適当にあっちの世界に行っちゃったもんだから、大事な家族の写真を見せて目を覚ませてくれたのかも。この彼が所謂「時空のおっさん」だったのかもしれない。
いきなり自分が死ぬところから始まった夢だったけど、起きたらなんか清々しい気分だったし、やっぱり自分には大切な家族がいるから、まだまだあの世に行ってはいけないな。長生きしなきゃな。と感じて残り何十年もあるはずの人生楽しもうと思えた。
現世で悔いのないように人生を全うできたら、あの世に行くのもそんなにネガティブに捉えなくてもいいのかもしれない。あの世のYoutuberがどんな動画をあげてるのか気になるし…